大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 昭和32年(行モ)2号 決定

申立人 野村福次郎

被申立人 角館町議会

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

事実

申立人代理人は「被申立人が昭和三二年一月一六日にした申立人を被申立人議会から除名する旨の議決の効力は当庁昭和三二年(行)第二号除名決議取消請求事件の判決あるまでこれを停止する。」との裁判を求め、その理由として次のように述べた。

一、申立人は昭和三一年三月二一日施行された秋田県角館町議会議員選挙に当選し、爾来同議会議員の職にあつたものであるところ、被申立人は昭和三二年一月一六日同町第一回急施臨時議会において、申立人が被申立人議会の秩序を乱し、その品位を傷つけたとの理由により同議会々議規則第九五条、地方自治法第一三五条第五(これは同法第一三五条第一項第四号と思われる)に則り申立人を被申立人議会から除名する旨の議決をなし、同日その旨を申立人に通知した。

二、しかしながら、右除名議決は以下に述べる理由で違法であるから取消さるべきものである。すなわち、

(1)  被申立人が申立人を除名する理由とした「申立人が被申立人議会の秩序を乱し、その品位を傷つけた」との事実は全くないのであるから、右議決は懲罰事由がないのに懲罰を科した違法のもので取消を免れない。

(2)  のみならず、普通地方公共団体の議会がその議員に対し懲罰を科するには予め議会会議規則中に、如何なる行為をした場合に如何なる懲罰を科するかの所謂実体規定を定めていなければならないと解すべきであることは、地方自治法第一三四条第二項の「懲罰に関し必要な事項は会議規則中にこれを定めなければならない」旨の規定に照らし明らかであるところ、被申立人は前記除名の議決に当り準拠したという被申立人議会会議規則第九五条は除名が成立しない場合の措置に関する規定であるに過ぎないばかりか、同規則中のどこにも右に所謂実体規定が定められている形跡がないのである。

故に被申立人議会はその議員に対し懲罰を科するための法規を有しないことになるから、仮りに申立人に何らかの行動があつたとしても、被申立人は申立人に対し如何なる懲罰も科し得ないものと云うべきである。

三、そこで申立人は前記除名議決の取消を求める訴を提起したが、議員たる資格は日時の経過により自然に短縮せられるものであるから、後日申立人が右取消訴訟の勝訴判決を得ても回復すべからざる損害を蒙ることになるので本申立に及んだものである。

被申立人は主文同旨の裁判を求め、その理由として次のように述べた。

一、元来行特法一〇条二項の趣旨は、取消を求められた行政処分がそのまま引続き第二、第三の効果を招来することを停止しなければ将来本案につき勝訴の判決があつても継続した効果の発生によつて申立人に生じた回復することのできない損害を防ぐため緊急止むを得ない必要がある場合に限つてこれを認めたものと解すべきである。従つて本件の如き地方議会の議員に対する除名処分は、除名議決の成立によつて当該議員の議員たる地位を喪失せしめ後に何らの執行行為を残さないものであるから行特法一〇条二項の執行停止を認める余地がないものである。もし許されるとするならば、それは除名処分に対する抗告訴訟の判決あるまで除名処分がなかつたと同一の効果を生ずることとなつて、結局これは仮処分に関する民訴法の規定を排除している同条七項の立法趣旨に反することとなる。

二、仮りに地方議会の議員に対する除名処分につき行特法一〇条二項の適用ありとしても、本件申立は同条項の要件を具備せざるものである。同条項に基いて行政処分の執行停止を求めるには、申立人において行政処分の取消請求が一応理由ありと推定するに足る疏明あることを要し、且つ処分の執行によつて償うことのできない損害を生ずべき事実並びにその損害を避けるための緊急の必要がある事実をそれぞれ主張疏明しなければならないものである。そして右要件の調査に当つては取消を求められた行政処分の目的とするものと、これが執行を停止したことによつて生ずる効果とを比較秤量し、健全な常識をもつて具体的な価値判断をする必要があるものである。行政処分の取消を求める者はすべてその処分によつて何らかの不利益を被るものであるからもし行特法一〇条二項の要件を安易に解すならば、抗告訴訟の原告は概ね執行停止を求め得られることとなり、同条の根本精神と相容れない結果を招来することとなる。同条項は厳格に解釈さるべきである。ところで本件において申立人の主張するところのものは、議員たる資格は日時の経過によつて自然に短縮せられるものであるから、申立人が後日本案について勝訴判決を得ても回復すべからざる損害を蒙ることになるというにあるに過ぎないから、もし申立人の請求を許容するとすれば、除名処分の場合常に執行停止の理由あることとなつて、行政処分の執行停止につき法が特に厳格な要件を定めた意味が失われてしまうことになる。のみならず、本件において申立人が除名処分によつて受けることあるべき不利益と除名処分の停止により被申立人議会が蒙る損害とを併せ考えるならば、後者において到底比較にならぬ程重大なものが存する。昨日懲罰によつて除名された者が今日は裁判所の庇護を受けて議場を闊歩できるものとすれば議会の権威は失われ爾後の議事運営など思いもよらぬこととなる。このようなことは司法権の行政権に対する干渉となる機会を生ずるおそれがあるから、これを是認するとするならば少くとも懲罰権の行使につき常に裁判所の許可を条件とする等の立法措置を採る必要があるであろう。

以上の理由から本件申立は却下さるべきである。

理由

疏甲一号証によれば被申立人議会は昭和三二年一月一六日角館町第一回急施臨時議会において、申立人が被申立人議会の秩序を乱しその品位を傷つけたとの理由で申立人を被申立人議会から除名する旨の議決をし同日その旨を申立人に通知したことは弁論の趣旨に徴し当事者間に争いがない。

被申立人は除名処分のように処分と同時にその効果が発生し、爾後の執行ということがない場合は行特法第一〇条二項の適用がない旨主張するが、同条項に所謂処分の執行停止とは単に行政処分に基づく執行行為として現実に何らかの法律行為又は事実行為がなさるべき場合これが執行を停止することを意味するに止らず、地方議会における議員除名議決のように行政上の意思表示の効力を停止する必要のある場合をも包含するものと解すべきであるから、地方議会の議員除名処分にはすべて右法条の適用がないものと解することはできない。しかしながら、同条項に所謂処分の執行に因り生ずべき「償うことのできない損害」とは該処分により被処分者自体に生ずべき個人的な損害と解すべきである。従つて同条項に基づき執行停止の申立をなすには、申立人が処分の執行に因り申立人自体において個人的な損害を生じ、その損害が経済的に回復することが困難であつて、しかもその損害を避けるため緊急の必要があることを主張疏明しなければならないものであるところ、本件申立にはこのような疏明が全くない。申立人主張の議員の地位は日時の経過によつて自然に短縮されるとの点は前示「償うことのできない損害」には該らない。

よつて本件申立は理由がないものとなるから、主文のとおり決定する。

(裁判官 小嶋弥作 長井澄 門馬良夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例